神迎の道(かみむかえのみち)
稲佐の浜から勢溜へと続く神迎の道。
神話や伝統文化を伝えるスポットがたくさんあります。
- 1、神楽殿の大しめ縄
- 神楽殿に飾られている大しめ縄は、長ささ13メートル、重さ4.4トンあり日本一の大きさを誇っています。しめ縄は稲わらでできており、神様と人間界との境界を表しています。出雲大社の不思議として古代から言われているのは、全国のしめ縄と違い、綯い始めの太い部分が神社に向かって左側にきていることです。全国の神社とは逆になっています。
- 2、神迎の道
(かみむかえのみち) - 旧暦の10月、全国の神々が出雲に集まられます。神々はひもろぎに遷って稲佐浜から神迎の道を通り勢溜に至り正門からお入りになりますこのの神様がお通りになる道を神迎の道と言います。地元の人は青竹の潮汲箍(たが)を持ってお忌みさん参りをします。「忌」という文字は、本来「清浄な」、「身を清め慎む」という意味であり、神在祭の間、地元の人は身を清め静かにしているのが習わしです。
- 3、連歌庵
(れんがあん) - 晩年の阿国は大社に帰り、都人の人気をあつめた昔日の華やかな日々を思い出に出家して「智月」と称し、連歌とお経を唱えてその生涯を終えたと言われています。阿国の往時が偲ばれる庵です。
- 4、藏の美術館
(手銭記念館) - 酒蔵と米蔵を利用し、出雲地方の美術品や伝統工芸品を展示しているミュージアムです。庭園も美しく、静かな空間で豊かな時間が楽しめます。出雲地方の暮らしと文化を知ることができます。
- 5、出雲阿国の墓
- 出雲大社の西方、稲佐浜に向かって歩いていくと、左側に墓地があります。出雲阿国の墓は特別に石柵で囲った平たい自然石で作られています。今でも芸能関係者や歌舞伎ファンなどの参拝者があります。
- 6、奉納山
(ほうのうさん) - 中世のころ廻国聖(かいこくひじり)は、全国66カ国の聖地に経文を埋納しました。出雲ではこの山に奉納したので奉納山と呼ばれるようになりました。奉納山公園頂上からの展望はすばらしく、国引き神話にある島根半島をつなぎとめる杭として使った三瓶山や、国引きに使った綱が変化したと言われる園の長浜や稲佐浜を一望することができます。
- 7、於国塔
(おくにとう) - 出雲阿国を顕彰したいという歌舞伎界の思いと地元の人の協力により昭和11年に完成しました。奉納山中腹中胞にある公園に石塔があります。阿国塔の文字は、首相となった近衛文麿によるものであり、それを囲む石柵に著名な歌舞伎役者や芸能人の名前が刻まれ「歌舞伎の始祖」という阿国の偉業を称えています。芸能界での成功を目指す人は阿国のレリーフに触ってお祈りをします。
- 8、上の宮
(かみのみや) - 毎年旧暦の10月に全国の神々が集まられ、神競(かむはかり=神様による会議)をされますが、その会議場がこの社です。出雲大社の摂社で主祭神はスサノオ神と八百万神(やおよろずのかみ)です。特に神々は縁結びについて協議されると言い伝えられています。
- 9、屏風岩
- 稲佐浜から50メートルくらい入った山手に屏風を立てたような岩があります。この岩の陰で大国主神が「国譲り」の話し合いをされたと言われています。大国主神は、国を譲る代わりに「私のすみかとして高天原の大神の御殿と同じように太い柱を立て、千木が大空に突き出ているような立派な御殿を建てて欲しい」と言われます。これが、出雲大社が巨大な神殿となった由緒とされます。
- 10、稲佐の浜
(いなさのはま) - 毎年旧暦の10月に全国の神々が出雲に到着されるところで、神迎えの神が催されます。また、この砂浜は国引き神話や国譲り神話など多くの神話に登場する古代からの神聖な場所です。
- 11、弁天島
(べんてんじま) - 稲佐浜に一際目立つ島があります。古くは神御前といい、遥かな沖にありましたが、砂浜が埋まって歩いて島まで行けるようになりました。神仏習合のころは弁財天が祀られていましたが、今は豊玉毘古命を祀ってています。地元の人は「ベんてんさん」と呼び親しまれています。祭神の豊玉毘古命は綿津見神とも言われ、海の神霊です。このため、海に関わりを持つ人を中心として信仰されています。
神迎の道のご案内